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「介子推」宮城谷昌光著

 「介子推」を再読しましたので感想を記したいと思います。
 この本は宮城谷氏著作の「重耳」と「沙中の回廊」をつなぐ物語です。「重耳」の作中で晋に帰還する前に黄河で股肱の臣の一人である狐偃が壁を河中に投げ入れて誓った行動に対する批判をした賤臣として介子推(子は尊称)は登場します。

 彼は行動を笑い
 「これが笑わずにいられようか。公子の開運は、天がおこなったことであるのに、咎犯(狐偃)は自分の功績だと訴え、とりひきをおこなった。こんな恥ずかしいことはあるまい。わたしは咎犯と行動をともにするのがいやになった」 
と発言しています。
 この後に介子推は、緜上に賞を求めずに隠れますが、その際にも発言しています。母親がなぜ賞を求めぬのかと問われて、
 「人を批判しておきながら、その人とおなじことをやっては、これ以上の罪はありません。また、怨みを述べたかぎり、食禄はいただけません」 
 と答えます。それに対しその考えを上に知らせてはと再び問うと、
 「ことばは身のかざりです。わが身を隠そうとするのに、どうしてことばのかざりが要りましょうか。いうことは、あらわれたいということにほかにりません」 
 と発言し母親とともに隠れました。言葉は身の飾りと言う発言は、至言というべきだと思います。後に重耳の知るところとなり探索されますが、介子推は終に現われず重耳は自分の過ちを表すために緜上を領地として賞しました。

 この一連の発言は春秋左氏伝で読んで知っていましたが、介子推の出自や介子推の性格には清尚さだけではなく顕揚欲もあったというのが重要なところではないかと思います。それが公子(重耳)と共に諸国を巡ったことで、後に神格化されるにふさしい人格になったのではと読後に思いました。

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